巨大化した Rails アプリケーションを安全に改善し続ける技術 〜LaunchDarkly によるフィーチャー フラグ活用法〜

長年にわたり成長を続け、ビジネスの根幹を支える Ruby on Rails アプリケーション。その進化の過程で、コードベースは肥大化し、複雑性を増しているかもしれません。新しい機能を追加するにも、既存のコードをリファクタリングするにも、デプロイ時の影響範囲が広いため、慎重にならざるを得ない。そんな悩みを抱えるRails 開発チームは少なくありません。

「この小さな修正が、予期せぬ場所に影響を与えないだろうか…」 「大規模なリファクタリングを安全に進める方法はないだろうか…」 「新しい機能をリリースしたいが、全ユーザーにいきなり公開するのは怖い…」

これらの課題は、大規模な Rails アプリケーションが抱える宿命とも言えます。しかし、LaunchDarkly というフィーチャー フラグ管理サービスを導入することで、これらの課題を克服し、アプリケーションを安全かつ着実に改善し続けるための強力な武器を手に入れることができるのです。

Ruby on Railsとは?

Ruby on Rails(通称:Rails)は、プログラミング言語 Ruby で書かれた、非常に人気のあるオープンソースのWeb アプリケーション フレームワークです。「Convention over Configuration(設定より規約)」や「Don’t Repeat Yourself(DRY)」といった設計思想を重視しており、開発者が効率的に、そして迅速に Web サービスやアプリケーションを構築できることで知られています。

その生産性の高さから、スタートアップ企業から大規模なWebサービスまで、世界中の様々なプロジェクトで採用されています。


巨大化した Rails アプリケーションが抱える課題

長期間にわたって開発・運用されてきたRailsアプリケーションは、多くの価値を生み出す一方で、以下のような課題を抱えがちです。

  • コードの複雑性と依存性の増大: 機能追加や修正を繰り返すうちに、コードベースは複雑化し、コンポーネント間の依存関係が把握しにくくなります。小さな変更が思わぬ場所に影響を及ぼすリスクが高まります。
  • デプロイ リスクの増大: コード ベースが大きくなるほど、デプロイ時の潜在的なリスクも増大します。本番環境での障害発生は、ビジネスに大きな影響を与えかねません。
  • リファクタリングの困難さ: 複雑に絡み合ったコードを大規模にリファクタリングすることは、非常にリスクの高い作業です。完了までに時間がかかり、その間、新しい機能開発が停滞してしまう可能性もあります。
  • 新機能リリースの慎重化: リスクを恐れるあまり、新機能のリリース サイクルが遅くなりがちです。市場の変化に迅速に対応できず、競争力を失う可能性も考えられます。
  • 技術的負債の蓄積: リスクを避けるための安易な修正や、将来を見据えない実装が積み重なり、技術的負債が増加していきます。

LaunchDarkly が Rails アプリケーションにもたらす解決策

LaunchDarkly は、これらの課題に対して、フィーチャー フラグという強力なメカニズムを提供します。フィーチャー フラグを活用することで、アプリケーションのコードを変更することなく、機能の ON/OFF をリアルタイムに制御できるようになります。巨大化した Rails アプリケーションに LaunchDarkly を導入することで、以下のようなメリットが期待できます。

  • 安全な新機能リリース: 新機能をフィーチャー フラグで隠蔽しておき、本番環境にデプロイした後でも、一部のユーザーや社内テスターにのみ公開できます。段階的なロール アウトやカナリア リリースを容易に実現し、リスクを最小限に抑えながら新機能をリリースできます。
  • リスクを軽減したリファクタリング: 大規模なリファクタリングを行う際に、古いコードと新しいコードをフィーチャー フラグで切り替えながら段階的に進めることができます。問題が発生した場合は、フラグを切り替えるだけで瞬時に旧状態に戻せるため、安心してリファクタリングに取り組めます。
  • 技術的負債の段階的な解消: 複雑なロジックや古い実装をフィーチャー フラグで置き換えながら、少しずつ新しい、より洗練されたコードに移行していくことができます。
  • 開発効率の向上: 機能が完成していなくても、フラグで OFF にしておけば、他の開発者がその影響を受けることなく開発を進められます。また、リリース判断をコードデプロイから分離することで、開発と運用チームの連携がスムーズになります。
  • A/B テストの容易な実施: 異なる実装やUIをフィーチャー フラグで切り替え、一部のユーザーにのみ公開して効果測定を行う A/B テストを、簡単かつ安全に実施できます。

実装の概要:Ruby on Rails での LaunchDarkly 連携

LaunchDarkly を Rails アプリケーションに導入する基本的な手順は以下の通りです。

1. LaunchDarkly Ruby SDK の追加: Gemfilelaunchdarkly-sdk を追記し、bundle install を実行して SDK をインストールします。

2. SDKの初期化: アプリケーションの初期化処理(例:config/initializers/launchdarkly.rb)で、LaunchDarklyのクライアントを SDK キーで初期化します。SDK キーは LaunchDarkly の管理画面で取得できます。

config/initializers/launchdarkly.rb の例:

require 'launchdarkly/sdk'

$ld_client = LaunchDarkly::SDK::Client.new(ENV['LAUNCHDARKLY_SDK_KEY'])

本番環境など、環境ごとに異なる SDK キーを設定することも推奨されます。

3. ユーザー コンテキストの設定: コントローラーやモデルなど、必要な場所で現在のユーザーに関する情報(ID、属性など)を含むコンテキストを作成します。

コントローラーでの例:

def current_ld_context
  if current_user
    {
      kind: 'user',
      key: current_user.id.to_s,
      name: current_user.name,
      email: current_user.email,
      custom: {
        plan: current_user.subscription_plan
      }
    }
  else
    { kind: 'anonymous', key: session.id.to_s }
  end
end
helper_method :current_ld_context

4. フィーチャー フラグの評価: コード内で、特定の機能が有効かどうかを $ld_client.variation メソッドを使って評価します。フラグの状態に応じて、アプリケーションの挙動を分岐させます。

コントローラーでの機能制御例:

def index
  @show_new_dashboard = $ld_client.variation('new-dashboard-enabled', current_ld_context, false)
  if @show_new_dashboard
    render 'new_dashboard'
  else
    render 'old_dashboard'
  end
end

モデルでのロジック分岐例:

class Order < ApplicationRecord
  def calculate_total
    if $ld_client.variation('use-new-discount-logic', current_ld_context, false)
      # 新しい割引ロジック
      apply_new_discount
    else
      # 古い割引ロジック
      apply_legacy_discount
    end
    self.total = calculate_base_price - discount
  end
end

ビューでの表示制御例:

<% if $ld_client.variation('show-premium-badge', current_ld_context, false) %>
  <span class="premium">Premium</span>
<% end %>

コストと対応バージョンについて

学習コスト

新しいツールを導入する際、チームがそれに慣れるまでの学習コストは重要な検討事項です。LaunchDarkly の学習コストは、その役割によって異なりますが、全体的に見て比較的低いと言えます。

  • 開発者にとっての学習コスト:
    • Rails 開発者が主に行う作業は、SDK の導入と、if 文でフラグを評価するコードを記述することです。これは既存のプログラミングの知識で十分に対応可能です。SDK の初期化やコンテキストの設定方法は公式ドキュメントに明確に記載されており、一度設定してしまえば、あとはパターン化された作業となります。
  • プロダクト マネージャーや運用担当者にとっての学習コスト:
    • 低〜中程度 これらの担当者は、LaunchDarkly の Web 管理画面を操作して、フラグの ON/OFF やターゲティング ルールの設定を行います。UI は直感的で分かりやすく、基本的な操作であればすぐに習得できます。ただし、複雑なセグメントを作成したり、A/B テスト(Experimentation)を詳細に設定したりする場合は、LaunchDarkly の概念や機能をある程度学ぶ必要があります。

全体として、開発チームはすぐにツールを使い始めることができ、非エンジニアのメンバーも短期間で自律的にフラグを操作できるようになるでしょう。

ランニング コスト (Running Cost)

本記事で紹介した構成を運用する際の主なランニングコストは、以下の内容から構成されます。

  • LaunchDarkly の利用料金:
    • LaunchDarkly はサブスクリプション ベースのサービスです。料金プランは主に、MAU (Monthly Active Users) や、利用する機能(Experimentation、Data Exportなど)によって決まります。
    • 基本的なフィーチャー フラッギングから、高度な A/B テストやエンタープライズ向けの機能まで、様々な規模やニーズに応じたプランが用意されています。

LaunchDarkly の対応プラン

現時点(2025年7月)で、本記事で紹介したほぼ全ての機能(ON/OFF フラグ、ユーザー ターゲティング、段階的ロールアウト、多変量フラグなど)は、LaunchDarkly の全ての有料プランで利用可能です。

LaunchDarkly の価値の中核をなすこれらの機能は、小規模なチーム向けのプランから大規模なエンタープライズ プランまで、幅広く提供されています。

ただし、より高度な使い方、例えば:

  • 詳細な効果測定や統計分析を伴う A/B テスト(Experimentation機能)
  • 厳格な権限管理や監査ログ(Audit Log)
  • 外部ツールとの高度なデータ連携(Data Export)

といったエンタープライズ向けの機能を利用したい場合は、ProEnterprise といった上位プランが必要になる場合があります。

まずは基本的なプランから始め、必要に応じてアップグレードを検討するのが良いでしょう。ご自身の要件に最適なプランについては、LaunchDarkly の公式料金ページでご確認ください。


LaunchDarkly 導入のメリット

巨大化した Rails アプリケーションに LaunchDarkly を導入することで、以下のような具体的なメリットが得られます。

チームの安心感と自信: リスクをコントロールしながら開発を進められるため、チーム全体の安心感と自信が高まります。

安全なリリースとロールバック: 新機能リリース時のリスクを大幅に低減し、問題発生時には瞬時にロールバックできます。

リファクタリングの推進: 段階的なリファクタリングを安全に進め、技術的負債を解消できます。

開発速度の向上: 機能の準備が整い次第リリースできるため、開発サイクルが加速します。

データに基づいた意思決定: A/B テストを容易に実施し、効果的な機能改善を進められます。

LaunchDarkly に関する情報、お問い合わせはこちらから

まとめ

巨大化した Ruby on Rails アプリケーションの改善は、時に困難を伴います。しかし、LaunchDarkly のフィーチャーフラグを活用することで、リスクをコントロールしながら、安全かつ着実にアプリケーションを進化させ続けることが可能です。

もしあなたが、長年運用してきた Rails アプリケーションの安全性と開発効率の向上に課題を感じているなら、ぜひLaunchDarkly の導入を検討してみてください。

エクセルソフト株式会社は、LaunchDarkly の正式代理店として、日本のお客様の導入と活用を強力にサポートしております。

また、LaunchDarkly のすべての機能をご体験いただける体験版のご登録も代行いたします。まずはその効果を実感していただくことが、導入への第一歩だと考えております。LaunchDarkly の導入をご検討の際は、ぜひエクセルソフト株式会社にお任せください。お客様のビジネス成長に貢献できるよう、全力でサポートさせていただきます。

お見積りは無料です。どうぞお気軽にお問い合わせください。

LaunchDarkly に関する情報、お問い合わせはこちらから

補足

  • パフォーマンスに関する考慮点 本記事の例では、SDK クライアントをイニシャライザでグローバル変数として初期化しています。アプリケーション起動時に、このクライアントは一度 LaunchDarkly のサーバーと通信し、フィーチャー フラグのルール セットを取得します。その後、ルールはメモリ上に保持され、更新はストリーミング接続を通じて行われます。そのため、コントローラーやモデルで variation メソッドを呼び出す際のフラグ評価は、ネットワーク遅延なしにミリ秒未満で完了します。 これにより、リクエストごとのパフォーマンスへの影響は最小限に抑えられます。
  • クライアント インスタンスの管理 デモ用にグローバル変数 ($ld_client) を使いましたが、大規模なアプリケーションでは、専用のシングルトン クラスを作成したり、Rails の config オブジェクトに格納したりするなど、より洗練された方法でクライアント インスタンスを管理することが推奨されます。これにより、コードの依存性がより明確になり、テストもしやすくなります。
  • フィーチャーフラグの棚卸し(クリーンアップ) フィーチャー フラグは非常に便利ですが、役割を終えたフラグを放置すると、コード内に不要な if/else 分岐が残り、新たな技術的負債となる可能性があります。機能が100% ロールアウトされた、あるいは完全に廃止された時点で、関連するフラグとコードを削除するプロセスをチーム内で確立することが重要です。LaunchDarkly には、コード内でフラグがどこで使われているかを見つける「Code References」機能や、不要になったフラグを管理する「Archive」機能があり、このクリーン アップ作業をサポートします。
  • テスト戦略 フィーチャーフラグを使ったコードをテストする場合、テスト環境で LaunchDarkly に接続する必要はありません。RSpec や Minitest などのテスト スイートでは、LaunchDarkly クライアントをモック(偽のオブジェクトに置き換え)し、特定のテストケースで特定のフラグ値(truefalse など)を返すように強制することができます。これにより、両方のコード パスを確実かつ独立してテストすることが可能です。

情報の出典元一覧

本記事の執筆にあたり参考にした、各技術の公式サイトやドキュメントです。

Ruby on Rails

  • Ruby on Rails 公式サイト
    • URL: https://rubyonrails.org/
    • 内容: Ruby on Rails フレームワークの公式サイトです。最新ニュースやコミュニティへのリンクなどが掲載されています。
  • Ruby on Rails ガイド
    • URL: https://guides.rubyonrails.org/
    • 内容: Rail sのほぼ全ての機能について解説している公式ガイドです。Rails 開発者にとって最も重要な情報源の一つです。

LaunchDarkly

  • LaunchDarkly Documentation Home
    • URL: https://docs.launchdarkly.com/home
    • 内容: LaunchDarkly の全機能に関する公式ドキュメントのトップページです。
  • LaunchDarkly Ruby SDK Reference
    • URL: https://docs.launchdarkly.com/sdk/server-side/ruby
    • 内容: Ruby SDK の詳細なリファレンスです。本記事で紹介した variation メソッドをはじめ、全ての機能の仕様が解説されています。
  • RubyGems: launchdarkly-sdk
    • URL: https://rubygems.org/gems/launchdarkly-sdk
    • 内容: launchdarkly-sdk gem の公式サイトです。バージョンの確認や依存関係の確認ができます。

関連コンセプト

  • Feature Toggles (aka Feature Flags) by Martin Fowler
    • URL: https://martinfowler.com/articles/feature-toggles.html
    • 内容: ソフトウェア開発の権威である Martin Fowler 氏による、フィーチャーフラグ(筆者が呼ぶところのフィーチャートグル)に関する詳細な解説記事です。その概念、パターン、利点などが体系的にまとめられています。

*本記事に掲載されている情報は、執筆時点(2025年 7月 21日)のものです。製品の仕様や各種サービスの内容は、予告なく変更される場合がありますので、最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

本ブログ記事の著作権は、エクセルソフト株式会社に帰属します。記事の内容、テキスト、画像等の無断転載・複製を固く禁じます。

本ブログ記事に掲載された内容によって生じたいかなる損害についても、当方では一切の責任を負いかねます。また、本ブログからリンクやバナーなどによって他のサイトに移動された場合、移動先サイトで提供される情報、サービス等についても一切の責任を負いません。あらかじめご了承ください。

タイトルとURLをコピーしました